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ブログ12:今学期の反省

 今学期は本当に楽しかったと思います。読み物は難しいけど、学期が続いてどんどん読めるようになったと感じました。そして、今学期文章に対して役に立つ文法をたくさん学びました。いつも助詞と動詞の活用を間違っているのに、少し長くて上手な作文を書けます。でも、最も弱いところはまだ会話です。日本人のような喋り方を目指したいので、何年か練習するべきです。色々な日本のメディアコンテンツを見るほうがいいと思います。その上、日本人の会話パートナーを探せば最高の練習でしょう。これからも、頑張ります。  そして、今学期が終わってから卒業します。何をするか、何をしたいか、どんなことが起こるか、今分かりません。とりあいず、故郷に戻って私の専攻と関係する仕事を探そうと思っています。将来、自分でお金を稼いで、会社で働くのを辞めたいです。そのため、お金を貯めるのは必要で最初に会社で働けなければなりません。しかし、どんなことが起こるか、家族と友達は私を応援してくれます。ちょっと不安なのに、わくわくしていて、自分で一歩踏み出さなければなりません。皆さんは卒業しても、まだ大学で勉強していても、この学期が終わってからもう一回会えるように!

ブログ11:ステンドグラス

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 有名な教会に行ったことがあるなら、ステンドグラスを見たことがあるだろう。ステンドグラスは欧米の伝統工芸品の一つと言っても、現在の欧米人はステンドグラスについてあまり歴史と作り方を知らない。歴史上で言うと古代ローマ人とエジプト人がステンドグラスを発見した。そして、長期間がかかったら7世紀にローマ人がステンドグラスを全部の西欧に広げた。7世紀から現在にかけてヨーロッパ人はステンドグラスの作り方を生かし、宗教的な物語の場面を表しています。  でも、そんな美しくて複雑なステンドグラスのデザインはいったいどうやって作れるだろうか。グラスは砂から出来ているのは常識だが、他の重要な原料はステンドグラスを作るために砂と混ぜなければならない。グラスの70%は砂から出来ていて、残りの30%は重曹 (ベーキングソーダ / sodium bicarbonate) と石灰石 (limestone) だ。砂の融点は考えられないという理由で、砂と重曹を一緒に溶かしたら融点が下がる。そして、石灰石はグラスの丈夫さについてとても役に立つ原料だ。これらの三つの原料を接し1700度で溶かすと液体になる。それから、グラスを作る人は特別な壺型や平らな表面に液体を注ぐ。最後にグラスの液体が固まるために数日残らなくてはいけない。ステンドグラスを作りたいなら、溶かす時に色々な金属を使える。例えば、コバルトを混ぜれば青いステンドグラスが出来るし、銅や黄金を混ぜれば赤いステンドグラスが出来る。 重曹 (Sodium Bicarbonate)                                                                 石灰石 (limestone)  現在、ステンドグラスは過去よりあまり人気がない。ヨーロッパ人やアメリカ人はキリスト教の信頼が強くないから、新しくて宗教的なステンドグラスが少ない。...

ブログ10:折り紙の蝶々

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 皆さんは第12課の会話文で折り紙の鶴の作り方を読みましたね。子供の時、僕はたくさん折り紙を作ったから今でも色々な動物の作り方を覚えています。今日は折り紙の蝶々の作り方を紹介しましょう。  まず、最初に四角い紙を半分に折って、三角にしてから、もう一度半分に折って小さい三角を作ります。それから、全部を開いて四角の形に戻せます。次に、8番の赤い点を見ましょう。その二つの点を合わせれば、新しい三角ができます。この三角は四つの部分がありますが、10番~13番のように二つの部分を紙の上に折ります。そうしたら、紙をひっくり返して、紙の底の折りの中に指を入れて少し紙の一番上の向こうに開きます。最後は真ん中の線に沿って折ると、開いてから出来上がりました!  この折り紙の蝶々は複雑な折り方がないし、結構覚えやすいから、ぜひ折り紙の初心者なら蝶々を作ってみることをお勧めします。

ブログ9:招き猫

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 みんなさんも招き猫を知っているでしょう。どんな中華料理のレストランに入れば、全部のお客さんが招き猫に歓迎されます。でも、この猫は中国の工芸品じゃなくて、日本の工芸品です!  招き猫がどこで生まれたのを知っていませんが、最初歴史上で現れた時代は江戸時代です。その頃、一つの伝説によると徳川幕府の大名の一人は鳥居の前に小さい猫に歓迎されていました。この大名と他の武士はお寺に入ったらすぐに雷雨が起きました。この出来事のおかげで、招き猫は工芸品の人気のあるシンボルになりました。  現在の招き猫は大体セラミックとプラスチックなど材料からできています。江戸時代後の明治時代、日本と中国の交流が続けたので中国人は中国に招き猫を持ってきました。中国人は「お客さんとお金が来るように」という意味を招き猫に指して、よくレストランの前に置いています。アメリカの中華街にも招き猫が見えます。とても可愛くて楽しい工芸品の一つだと思います。

ブログ8:日本に輸入した仏教

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 私達の教科書は仏教が日本に輸入された宗教という事実を教えましたが、他の情報を伝えてくれません。二年間前中国、朝鮮、日本の宗教の歴史を学んだから少しだけ日本に輸入された仏教の特徴を紹介しましょう。 シルクロードの地図  とびらの教科書のよると「朝鮮半島にあった百済という国の王が日本に仏教と教典と送ったのが日本での仏教の始まりだそうだ」。この情報に加えて、シルクロードを通して中国から朝鮮と日本に仏教が入れました。シルクロードというのは、古代中国で最も使われた貿易道でした。ローマ帝国から朝鮮にかけて世界中の国々は中国から絹を貿易したり中国の影響を受けたりしました。5世紀までに、ついにシルクロードは日本に到達しました。  日本に仏教を輸入した後、日本人は伝わった仏教を少しずつ日本的に変化して仏教の進化を始めました。日本の歴史には旧仏教と新仏教の二つの仏教の種類があります。旧仏教と新仏教の中には時代によって、色々な宗派が存在しました。新仏教は鎌倉時代から始まり、私達がとびらで学んだ禅宗が新仏教に入っています。しかし、もう一つ重要な宗派である浄土宗 (英語で:Pure Land Buddhism) について知るべきだと思います。浄土は禅と並んで鎌倉時代に生まれました。鎌倉時代の武士が強くなってから政府に禅の教えを入りましたが、一般の日本人は禅を信じていませんでした。禅の代わりに、みんなは浄土を信じていました。浄土の中では武士の礼儀を守ることや中国の教典を理解できることを知らずに、仏の名前を唱えれば仏様が助けてくれます。 浄土宗の教え伝えた絵

ブログ7:ルーズベルト大統領

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 アメリカの歴史は日本より短いけれど、様々な印象的な人物がいました。最も印象的な人物の一つはフランクリン・ルーズベルト大統領で、よくFDRと呼ばれています。  ルーズベルトは1882年にニューヨークで生まれました。ハーバード大学で法律と経済の教育を受け取りましたが、教えられた内容は決して正しくないと思ってから大学院を中退しました。そして、弁護士の仕事も思うように面白くなかったという理由で1910年に政治家としてキャリアを始まりました。FDRはニューヨーク州の上院とアメリカの海軍に活躍した経験がありましたが、彼が最も知られているのはアメリカ大統領としての数年間です。アメリカの歴史上にはFDR以外の大統領が12年間に大統領として活躍した人がいません。1933年から1940まで、ルーズベルトの大統領任期の前半では経済不況を良くなるために有名な計画、「New Deal」と呼ばれている計画を建てました。  この計画はとても複雑で、部分が多いです。最も有名な部分はアメリカの銀行と金融を規制するための政府機関を作くられる法律です。例えば、Federal Deposit Insurance Corporation (FDIC) と Securities and Exchange Commission (SEC) という作られた政府機関が今でも存在し、これらの政府機関は銀行や会社に強い影響を与えています。でも他の部分は一時的で、農民を助けるし、政府のお金を使うことを中心する部分です。こういう一時的な法律と恒久的な法律の組み合わせのおかげで、1940年までにアメリカの経済が少しずつ良くなりました。                                                                            Securities and Exchange Commission ...

ブログ6:好きな歴史上の人物

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 最近朝鮮の古代史の授業を取ったので、好きな歴史上の人物の一つは世宗王 (King Sejong) です。世宗王は1422年から1450年の彼の死まで朝鮮を統治しました。今よく知られている理由として世宗王は現在の韓国語のアルファベットを発明しました。1400年代には、儒教の僧の地位がとても高くていつも古代中国語で経典を学んでいました。それに対して、朝鮮の一般庶民は古代中国語の教育が決して受けられませんでした。したがって、ほとんどの朝鮮の一般庶民は何も読めませんでした。世宗王の新アルファベットは1446年に導入されてから、このアルファベットに「ハングル」という名前を付けました。だが、古代中国語の経典を守るために儒教の僧は世宗王に反乱を起こしました。1450年の王の死後、すぐハングルの導入を止めてしまいました。1900年代に日本から独立後、せっかくハングルは朝鮮の公式のアルファベットになりました。  世宗王は私が好きな歴史上の人物の一つという理由で、世宗王はとてもやさしい王でした。儒教の僧は政府で多くの権力を持っていましたにもかかわらず、一般庶民に簡単なアルファベットを広めたいと思っていました。  ハングルの作り方の映画「나랏말싸미」(The King’s Letters) もあって、結構面白いと思います。韓国の歴史ドラマが好きなら、ぜひ見てください。